久保氏(師匠)の下でペン先作りの修行を始めて約1年が経過した春先だったでしょうか。
師匠から、新しいデザインのペン先を作りたいというお話がありました。
・普通サイズよりも大振りで、幅広で見栄えよく
・しなるように、面はやや平らに
・首軸に刺して安定するよう尻は長めに
という内容でした。
将来、私がオリジナルのペン先を作るのに困らないよう、一から経験させたいという師匠の親心だと心得、さっそくデザインから取り掛かりました。
【デザイン】
これが最初のデザインです。
久保工業所にある従来のペン型をベースにして尻部を長くし、平面のデザインを作成しました。
【打ち抜き用金型の作成】
圧延した金の延べ板からデザインした形状を打ち抜くための金型を作成してもらう必要があります。
久保工業所には、大きさや形状の異なるペン先の金型がいくつかありますが、かなりの年代物で三河島辺りの金型業者に作ってもらったとのことですが、師匠にも明確な記憶がなく業者を探すところから始めました。
まずは、もの作りが盛んで町工場が沢山ある葛飾区の広報誌(葛飾物語たった?)を頼りに業者さんに問い合わせたところ、自動車部品を主に製造する〇〇精機様から前向きな回答をいただき、社に赴き社長さんと直接お話をして調整を重ねました。
難しかったのは金属を切断するワイヤー放電加工機にデータ入力するための形状の数値化、特にペン先曲線部のR(半径)への換算でした。
〇〇精機様には、会社の利益にならないような仕事を請け負ってもらい、丁寧に対応していただき社長さんの男気に深く感謝です。
この金型は優れもので、
・ガイド(二本の芯棒)がついており、ハンドプレスへの凹型と凸型の取り付けが容易です。
・また、凹型と凸型の擦り合わせが精密にできており、打ち抜きにさほど力が必要なく、切断部にバリがなく仕上がりが綺麗です。
【成形用金型の作成】 溝の底面を水平に
もう一つの課題は形成用金型の作成です。幅広でやや平らな形状の新型ペン先を作成にするには、この形状にするための金型がどうしても必要です。師匠によると昔は全部手作業で作成したそうです。注意するように言われたのは「溝の底面を水平にすること」。水平でないとペン先とペン芯が接する部分に間隙ができてインクフローが悪くなってしまします。
〇〇精機様によると、寸法をデータとして数値化することができないため機械加工での作成は困難とのこと、直径6ミリの溝(これはデータ入力可能)だけを入れてもらい、あとは手作業、「幅広でやや平ら」というペン先の出来上がりをイメージしつつ、底面を削らないよう注意し、ヤスリでひたすら削り溝を広げていきました。
金属に焼きが入っていて非常に硬く、ちょっとやそっと削ってもキズが入る程度でなかなか進みませんでしたが、いつか終わると自分に言い聞かせ一週間ほど削りつ続けてようやく概成、真鍮で実際に形成してみて修正を重ね、最後は師匠に手直ししてもらいやっと仕上がりました。
根気と集中力のいる作業でしたが、この経験は手作業でヤスリを駆使するその後の軸作りに随分と役立ちました。
【ペン先作り】
いよいよペン先作りです。
まず、純金に混ぜる銅と銀の比率を指定して貴金属店に注文した厚さ1ミリ弱の18金の地金をペン先の寸法より広めにカットし、加工中に間違わないよう刻印を打つ表側と反対の面に油性ペンで矢印のマークを入れます。
矢印の方向がペン先の先端になります。
このところ金が高騰していますね。材料費がかさみますが仕方ありません。
次に【圧延】です。ポイントは
・先端の部分を厚く、中央から末端を薄く
・硬すぎず、柔らかすぎず
久保ペンの魅力の一つにペンのしなりがありますが、圧延はそのしなり具合を左右する要素の一つになります。
圧延途中に指で押し曲げ何度もチェックし、そろそろかなというところで師匠に確認してもらい、「あとすこしだね」とのコメントでさらに圧延、これでいいかなというところで最終確認をしてもらい「ちょうどいいね」とのコメントで次の工程に進みます。感覚が師匠に近づいて確認の回数が随分と減りました。
圧延要領は久保氏が創意工夫して考え出したもので、残念ながら公開できません。師匠はこの圧延についてさらなる改善策を模索中で私と意見交換することがありますが、つい最近も「こうすれば、ああすれば」と話が盛り上がりました。いまだに試行錯誤を重ねる師匠には本当に頭が下がります。
続いて【型抜き】です。
ハンドプレスに打ち抜き用金型を取り付け、凸型金具を上下させて凹型金具とスムーズにかみ合うことを確認し、厚紙を抜いてみてさらに確認します。抜いた厚紙はハート穴や刻印を打つ際の位置の確認に使用するため多めに抜いておきます。
次に、圧延した金の延べ板を、厚みのある先端が抜いた際にペン先の先端になるようにセッティングし、プレス機の円盤を手動で勢いよく回転させ、凸型金具を下降させて型を打ち抜きます。この際、矢印のマーキングを上にしてセットし、抜いた際に刻印を打つ表側にバリができないようします。
それにしても、この金型は精度がよく、気持ちよくスパンスパン抜けます。
【ハート穴開け】
実際にハート型の穴を開けたペン先もありますが、穴を一般的にハート穴というようです。
ハート穴開けは作業自体は難しいものではありませんが、穴の位置や大きさ、形状は書き味に影響するため重要な工程です。
ハンドプレスに取り付けた型抜き用金型を取り外し、穴開け用の金具(これも自作です)を取り付けます。型抜き用と穴開け用に別のハンドプレスがあれば効率的で精度上も望ましく、あと一台欲しいところです。
抜き型を固定する治具は、真鍮を抜いた残片を重ねて接着した治具を使用することで、穴開けの精度が向上しました。
金具取付後、型抜きで抜いた厚紙を固定治具にはめ込み、穴をあけて位置を確認します。穴の位置は、穴を開けた紙を数枚裏表にして重ね、きれいに重なれば中央に開いたことになります。
厚紙で確認後、型抜きした18金の板に穴をあけます。10枚重ねてみましたが、穴開けの精度もよく、一枚のように見えますね。
【熱処理(なまし)】
調べてみると一般的には「焼きなまし」と言うようです。
圧延等の加工で生じた歪をとり金属の組成を均一化・軟化し加工しやすくするもので、真鍮で試作する際は青色にさっと変色するタイミングを加熱時間の目安にしますが、18金の場合は時間が長くなります。なましが足りないと次の工程の刻印の入りが悪くなったり曲げがうまくいかなくなったり、ペン先もしなりがなく硬い感じの書き味になります。また、なましが過ぎると腰のないペン先になってしまい加減が難しい工程です。久保氏は指で曲げてなまし具合を確認しますが、この感覚を久保氏に近づけていくのが大変でした。久保氏の確認をうけますが繰り返すうちにほぼ手直しはなくなり、今回もうまくいきました。なまし後は変色して汚れた感じになり18金の光沢がなくなりますが、あとの工程で洗浄すると元に戻ります。
手作業で加熱するためなましの程度に誤差が生じ、個体によってしなりや書き味に微妙な差がでる一つの要因と考えられます。
【刻印打ち】
大型のハンドプレスに、なましの終わった板を固定する治具をセットし、刻印の金具を取り付けます。
今回は、ビッグニブ用に治具を作成し始めて使用しました。
固定する治具を仮止めし、抜いた紙を用いて刻印を打ち、所望の位置に刻印が入るよう治具の位置を調整しますが、何度やってもこれが大変で、やっているうちに上下左右がわからなくなり時間を要する工程です。
久保工業所には、通常サイズ用の刻印と50号(ジャイアントニブ)用の刻印の二種類がありますが、試したとところ50号用がちょうと良くこちらの金具を使用することにしました。
調整が終わるとネジで締め付け再度紙で試し打ちしたのち、いよいよなましを終えた18金に刻印を打ちます。
ハンドプレスのハンドルを思いっきり回して刻印の金具を打ち付けると、きれいに刻印が入ります。刻印の位置を一枚一枚確認しながら慎重に進めます。必要であれば治具の位置を再調整しますが、今回は必要ありませんでした。
刻印が所望の位置に入るとホッとする工程です。
【曲げ】
曲げの治具をセットし、ハンドプレスで押し曲げたのち、さらに金属の丸棒を当てて手作業で叩いて曲げます。
曲げがうまくいくと次の工程の鍛錬がスムースに実施できます。
【鍛錬】
鍛錬は、ペン先をしっかりと形成する非常に重要な工程で、一般的には電動のプレス機を使用しますが、久保氏が試行錯誤を重ねて考えだしたハンドメイドで鍛錬する要領は、残念ながら公開できません。
久保氏によるとまだまだ改善の余地があるとのことで、私も試行錯誤を重ねていますが、まだ改善の途上です。
鍛錬が足りないと、仕上げで磨き上げた際にムラができ綺麗にならないようで、久保氏は目で見て十分か否かの判断ができますが、私にはまだ判断がつきません。この工程も必ず久保氏の確認を受けます。
今回はビッグニブ用に苦労して自作した治具を使用しての初めての鍛錬でした。これまでの治具と比べ溝が深くなかなか難しい作業でしたが、何度かやり直し最終的にはうまく鍛錬することができました。
【洗浄】
専用の洗浄液に浸けた後に拭きあげると熱処理の際の汚れが綺麗に取れます。
【ペンポイント(イリジウム)付け】
久保氏が所有する北海道産のイリジウム合金をアーク放電により溶着します。
今回はビッグニブへの初めてのイリジウム付けということで、久保氏が所有するイリジウム粒からやや大きめの粒を10個選んでいただきました。
毎回困難を極める難しい工程ですが、金属プレートに並べたイリジウム粒に電極でつかんだペン先を慎重に近づけ溶着させ、10本中9本はうまくできましたが、1本だけ曲がって溶着してしまい、自分で手直しを試みましたが
うまくいかず、久保氏に手直ししてもらいました。
手直しの技術は未だ不十分ですが、成功率はかなり向上しました。
【切り割り】
ペン先に溶着したイリジウムの中央に切り割をいれてインクの通り道を作ります。
イリジウム合金は非常に硬度が高く簡単に切断できないため、やや薄目に、そして中央に切り割が入るように溶着したイリジウムを研いで形を整えてから、切り割の機材にセットします。
切り割の機材は、極薄の砥石を回転させ、超合金のガイドで砥石をペン先の中央に導いて切り割りますが、ガイドが左右非対称で切り割が一方に偏るとの久保氏の指摘をうけ、ガイドの調整をしました。
ペン先の左側のガイドを取り外し、ダイヤモンド砥石で研いでガイドの面を調整し、スチール製のペン先に代替イリジウムを付けて試し切りを繰り返して機材の精度を上げていきました。
昔は機材のメンテナンスをしてくれる業者さんがあったそうですが、今は自分でやらないといけません。
他社製のイリジウムはリチップで使用しますが容易に切断できます。久保氏提供のイリジウム合金は硬く、やはり今回も苦戦しました。砥石を何枚も破損し、半日がかりの作業でした。
【ペン先調整】
切り割を入れたペン先を工房に持ち帰り、久保氏と同じ機材でペン先を調整します。
まず、切り割で開いたペン先をズレないように閉じる加工を施してからペン先を研ぎます。
久保氏は、一見何気ないように短時間でいとも簡単に研ぎますが、私の場合は研ぎながらペンに取り付け書き味を確認しながらの調整になるため、かなりの時間を要します。
スチールペンと代替イリジウムで練習を積みましたしが、さらに演練が必要です。
【仕上げ磨き】
バフに金磨きの研磨剤を擦り付けてから、ペン先を磨き上げると金特有の光沢がでます。
これでペン先の完成です。今回のビッグニブ、久保氏の評価は良く出来ているとのことです。
ユーザーに使っていただき評価してもらえるよう、これから万年筆として製品化していきます。
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loves unique pen (金曜日, 08 10月 2021 15:32)
昨今、オリジナルのペン先を製作される職人さんや工房様が皆無になっていく中でペン先製作から万年筆の心臓部であるペン芯・軸の製作に至るまで全てを手造りで仕上げていらっしゃるのは尊敬の念を抱かざるを得ません。
久保様が最後のペン先職人だと思っておりましたが、万年筆工房 FURUTA様がその技術を継承されている事実に一人の万年筆好きとしてはただただ感謝と嬉しさしかないです。